厚化粧する社会

後期高齢者医療制度がスタート

2008年4月、75歳以上の高齢者と寝たきりなど一定の障害がある65-74歳を対象に後期高齢者医療制度が導入されました。保険証がちゃんと届かないなど、いろいろな問題がありながらのスタート。福田総理は「説明不足で混乱をしている。本当にまずかったと反省している」と釈明し、公明党も他人事のように「ちゃんと説明すべき」と言っていますが。貧乏くじを引いたのは舛添厚労相でしょうか。昔はかっこいいことを言っていましたが、年金に続く後期高齢者医療制度で舛添厚労相の信頼度は地に落ちたような気がします。まあ、自業自得かな。

さて、この後期高齢者医療制度がよく判らない。共産党のhttp://www.jcp.or.jp/tokusyu-07/38-koukikoureisya/になかなかわかりやすい説明があります。自民党の伊吹幹事長は「収支にバランスがとれないと長期的保険制度は成り立たない」と言っています。どうも裏がありそうな感じがする方で、あまり好きにはなれませんが(全く根拠がないミーハー的かつ個人的感想です)、この点は確かにその通りだと思います。後期高齢者医療制度はそうして登場してきたのでしょう。

ただ、保険制度をどのように区分するかは全く政治的な問題でしょう。保険(医療)制度全体で収支がとれればいいのか、後期高齢者だけで収支がとれればいいのかは、間違いなく政治的な問題だと思います。その意味で75歳以上の後期高齢者だけを切り離して収支のバランスをとろうとするのはやはり現代版姥捨て山かな、と思ってしまいます。今までは健康保険や国民保険の被扶養者であり得た後期高齢者が、個人個人で保険料を支払う制度ですから。

さて、今回のテーマは「厚化粧する社会」。実はこの制度、発効した初日から政府は「長寿医療制度」と名称を変えようとしているのですが。。。。。

厚化粧って何でしょう。辞書を引くと、けばけばしい化粧をすることとなっています。私の(頭の中だけの)辞書によれば「根本的な問題を改めないで表面だけを取り繕うこと」。

福田総理はこのシステムがまずかったと言っているのではありません。「説明不足だった」と言っているだけです。つまり根本的な問題を改める気は毛頭ありません。そりゃそうでしょう、政治家たるもの、できあげたばかりの制度をすぐに変更はできない。で思いついたのが、「長寿医療制度」という名称への変更。

「後期高齢者医療制度」というと、ああ、姥捨て山的な制度かなとぴんときてしまう。「長寿医療制度」というと同じ制度でも、老人を暖かく保護する制度のように見えてしまうのです。「厚化粧」のいい例でしょうか。

「名ばかり管理職」

いろんなところの店長さんやマネージャーさん、みなさん管理職だそうです。サラリーマンの方も多いからすっきり理解できると思いますが、泣きが多いのがこの中間管理職。上からは締め上げられ、下からは突き上げられ、ええい、自分でやった方が早いとせっせと残業をしますが、管理職と名がつくと時間外手当が出ない。

いったい管理職って何なんでしょうか。働く方から言えば「管理職」と名がついたばかりに残業手当がつかなくなる、逆に言えば企業はたくさん「管理職」を作れば残業代も支払わなくてすむということになります。そんなことで、昨今日本各地で「名ばかり管理職」の方々が声を上げ、訴訟を起こしています。「管理職」という厚化粧、その白粉のにおいにむかついてしまうといったところでしょう。名ばかり管理職の方々はがんばってほしい。ちゃんと残業手当を受け取って、厚化粧に窒息死しないでほしい。

じゃあ、管理職にならなければいいか?ということになりますが、これもたいへんなんです。労働基準法http://www.houko.com/00/01/S22/049.HTMは残業時間の上限を決めています(うーん、専門家ではないから間違いがあるかも)。ですから、管理職でない方々は、残業時間の上限を超えて働けない、というわけではなく、残業時間の上限を超えて働いても残業手当の申請ができないのです。それで労働基準監督署http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/location.htmlも企業がちゃんと法律を守って労働者を使っているということになって、めでたしめでたし。もちろんめでたいのは企業。労働者はめでたくもない。管理職にならないのもまた地獄。

ちなみにほとんどの病院で勤務医師は、まともに時間外手当が出ていないのをご存じですか。管理職もなにも関係なくです。時間外手当を出さないから、労働時間も何も関係ない、急変した患者さんに付き添って一晩過ごしても、働いていないことになっていますから、労働基準法に触れることもないのです。

「名ばかり管理職」もいるし「名ばかり時間外労働制限」もあるし、私が一括して「厚化粧」としたものは何なのでしょうか。厚化粧で「取り繕う」「隠蔽する」以外に、日本式の「つじつまを合わせる」「みんなで渡れば怖くない」、そんな気持ちが「長寿医療制度」や「課長さん」、「時間外労働制限」に込められているのでしょう。

あなたは「患者さま」派?「患者さん」派?

ある時期から、患者さんを「患者さま」と呼ぶようになりました。こう呼ぶべきだと思っている医療者もいますし、患者さんもいます。

最初に私の意見を書けば、私は自分のことを「お医者さま」と呼ばれたくはないし、「お医者さん」の方が安心できるし、単に「医者」でもいいです。少なくとも「お医者さま」よりは心地よい。自分が患者になった場合でも「患者さん」でいいと思うし、「患者さま」と呼ばれると強い違和感を感じます。

とらえ方の違いかもわかりませんが、一般に「さま」は上下関係を伴う場合が多く、「さん」は対等の関係の場合に使われることが多いのではないでしょうか。患者と医師は対等の関係です。医師が上だとは思いませんが、患者が上だとも思いません。強いて言えば、一緒に病気に立ち向かう仲間だと思います。

医療行為は売り物ではありません。買っていただきたい商品でもないし、何とか売り上げを増やしたいサービス業でもないと思います。医療の本質はやはり的確に診断をして、速やかに治療すること、そして再び病院に来なくてすむようにして帰っていただくことではないでしょうか。それを推進するために、患者さんの声や悩みをよく聞いて理解し、きちんと説明する必要があるのだと思います。

私が患者なら、「患者さま」と話しかけてくれる医療者よりは、疾患を的確に診断し、最善の治療や手術をしてくれる医療者を選択します。こうした医療者を探すのは、医師である私にも難しいところです。家族や自分自身が自分の専門以外の病気になったときは、本当に困ってしまいます。でも、「患者さま」と呼ばれると、なんかうさんくさいなあ、他に行こうかなと、思ってしまいます。

医療にも厚化粧は必要ないと思います。

厚化粧はいつか剥がれる

厚化粧は必要ありませんが、多少の化粧は悪くはないと思います。社会が円滑に進むためには必要なことです。「後期高齢者」などという呼び方は、いかにもまずいでしょう。政府が高齢者をどう見ているかがもろに出ているからです。医療にしても、快適に待たせないで診察することは必要です。これは厚化粧ではないでしょう。ふつうの化粧です。

ただ、化粧も度を超すべきではない、取り繕ったり、隠蔽したりするような化粧はすべきではないと言っているだけです。いつか厚化粧は剥がれ落ちます。また、化粧だけで問題を解決しようとしないことです。

医療だけではなく、農業政策も林業も、小手先の政策だけを推し進めてきたつけが、いま私たちに回ってきたのではないかと思います。我が国の食料品の自給率は著しく低下しているから、国際的な食料品の値上がりの波をもろにかぶることになっています。医師が多くなりすぎると、政府が長年かけて医学部定員を抑制してきた結果、多くの病院が医師不足のために閉鎖に追い込まれることになったのです。

小手先の厚化粧ではなく、100年先ぐらいを見通して計画を進めないと、厚化粧がいつかごっそり剥がれ落ちて、荒廃した日本が残ることになります。

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